おみえの歴史

おみえの起こりは詳らかではありませんが、古くより全国にお頒けしていた事は明らかです。

特に寛文3年(西暦1663年)江戸幕府4代将軍徳川家綱公の頃、恵美酒・田神・神馬札三像の神札(御神影)の「日本国中像札賦与御免(にほんこくちゅうぞうさつふごめん)」を仰せ渡され、「日本国中惣檀家(にほんこくちゅうそうだんか)」であることを示されました。以来、西宮神社の御神影を『正像』とし、全国各地で配札された事は、えびす信仰が広がりを見せる大きな契機になったと言えましょう。

神馬おみえ(神影) 神馬をまつる神馬舎
写真左より:神馬神影・神馬舎

 

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徳川幕府の賦与御免以降、当社では御神影を配札するための組織作りが進められる事になりました。配札にあたっては各地の事情に通じた人物に免許状を交付して委託する方法を採りました。この配札者を願人(がんにん)といいます。

のちの幕府の崩壊により多くの願人は西宮神社を離れますが一部でその伝統は西宮講社と名を変え今に続いています。平成25年には賦与御免を仰せ渡されてより350年の大きな節目を迎えました。

この350年余という時間は西宮神社と願人、そして後を継いだ西宮講社(諸国講社)がともに手を携ええびす様のご神徳を広めてきた歴史そのものです。

配札組織図

キーワード

【徳川家綱】
徳川幕府4代将軍。当社との関係においては寛文3年の本殿寄進が知られる。また、「日本国中像札賦与御免」を仰せ渡されるなど、織田信長の社領没収以降困難を得ていた西宮神社の社勢復興に大きな足掛かりを与えた。なお家綱公により寄進された本殿は国宝に指定されていたが昭和20年の空襲により焼亡している。
【神馬】
馬はえびす様の神使とされ、正月10日の十日えびす本宮を迎える前夜にえびす様は神馬にまたがり西宮市中を巡行されると伝わる。西宮神社境内にはこの神馬を祀る神馬舎があり、えびす様とともに崇敬を集めている。